「木漏れ日」という言葉はドイツ語にはないらしい。昨日の昼休みにたまたまネットで知った。

七変化の夏に -Paint Him Black-


 まあ、ドイツの森なんてのは日本人が思う森よりずっと鬱蒼としていて、背の高い針葉樹が隙間なく葉を茂らせ真昼でも暗いぐらいの場所だから、木漏れ日概念はなかなか生まれなかったんだろう。子供を取って食う魔女が棲むような森に、やさしい木漏れ日なんてのは確かに似合わない。
 ただ、そうは言ってもドイツに木漏れ日が存在しないかといえば、全然そんなことはないわけで――そのドイツ語に翻訳しづらい光が、柔らかに差すライプツィヒ支部の中庭を、あたしはレインシューズを履いて歩いていた。夕立が上がったばかりで、地面はびしょ濡れ。石畳には水溜まりができ、芝生には青々として、たっぷり水滴を含んでいる。6月も半ばだというのに、空気はひんやりとしていた。今日の最低気温は12℃なんだそうだ。
 本当ならあたしにとって6月17日の土曜日、つまり今日は支部には出てこなくていいはずだった。ドイツの青少年保護法だか何だかで、未成年者は土日に働いてはいけないからだ。もちろん実際のところ、小売店だの交通機関だの劇場の出演者だの、色々と例外をつけて週末も働く人はいるけれど、世界魔術師協会は分類上「研究機関」なので、とにかくあたしは平日しかお給料を貰えないんである。それならどうしてわざわざ、それも「危険動植物管理課」なんて物騒な名前をした連中が管理する植物園に来たのかというと、見たいものがあるからだった。

 不本意ながらあたしはこの、物騒な名前をした連中の一員なので、植物園の鍵はすぐに借りられた。「植物たちはあなたを殺せる(Diese Pflanzen konnen dich toten)」という、ドイツらしく率直な脅し文句の掲げられた門を開け、またすぐに内側から閂をかける。水浸しの石畳で滑らないよう注意しながら、あたしは足を急がせた。アジサイが群れて咲く茂みのほうへ。
 昨晩、東京にいるいとこのお姉ちゃんがメールをくれた。おばあちゃんちのアジサイがきれいに咲いてるよ、と写真つきで。見慣れた純和風の庭と、片隅にこんもり開いた水色の花がなんだか懐かしくて、本物を見たくて居てもたってもいられなくなったのだった。
 アジサイの花は好きだ。じめじめ鬱陶しい日本の夏に、すっと涼しげな色と影をくれる気がする。残念ながらドイツには木漏れ日と同じく「梅雨」という言葉もないし(無理に訳すなら「Pflaumenregen(プラムの雨)」とでもなるんだろうか?)、ライプツィヒの街中を歩いていてアジサイの生け垣に出会う機会もないけれど、見に行く当てなら確かにあった。あたしたちの「庭園」――時には「悪魔の花園」と呼ばれることもある――には、アジサイがちゃんと植わっているのだった。もちろんそれは管理人が日本趣味だからじゃなく、アジサイに毒があるからだ。
 花盛りのキョウチクトウを両脇に、小道は敷地の奥へと続いてゆく。あたしたち以外に使う人なんていないのに、ところどころ白いベンチも据え付けられている(人を殺せるような植物しか植わっていない植物園なのに、誰が喜んで休憩したりお弁当を食べたりするだろう?)。やがて、道は小さめの池に沿ってゆるやかにカーブし――その池のほとりにこそ、あたしが目指していた花はある。
 あたしは曲がり角のあたりで立ち止まり、見回した。静かな水面に影を落とす、白や水色やもっと濃い青紫をしたアジサイの花を。鮮やかな、けれど派手すぎない花びらに(本当は「萼」らしいけれど今はどうでもいい)、雨露をたっぷり乗せて重たげな姿を。まだ水っぽさの残る風が、深い緑の葉をざわざわと鳴らしてゆく。東ドイツの奥まったあたりとは思えないほど日本的な景色だった。19世紀のヨーロッパ貴族みたいな服を着た、金髪オールバックの若い男がそばに立ってさえいなければ。

「やあ、御機嫌ようリコ。どうしたのだい、こんな休みの日にまで」
 あたしの存在に気付かないでいてくれればいいものを、そいつは目ざとく顔を向けてきた。まず第一声からして「御機嫌よう(Habe die Ehre)」だ。今日びのドイツ人はグーテンタークすらそんなに言わないというのに(じゃあ現代のドイツ人がどう挨拶しているかというと、普通に「ハロー」とかだったりする)。初めて聞いたときには何が「名誉をもって」なのかさっぱり解らなかったし、後でブラザー・ライムントからウィーン式の古風な挨拶だと教わってますます殺意が沸いた。人のことを馬鹿にしている。
 馬鹿にしているといえば外見もだ。手には土に塗れたスコップを持っているけれど、それ以外は真っ白なシャツといいえんじ色のネクタイといい、黒いジャケットに挿した花のコサージュ(ぱっと見た限りではダリアか何か)といい、どう考えても庭仕事をする服じゃない。結婚披露宴か何かに出るための服だ。どこまでもアウトドアを馬鹿にしている。そりゃあ100年前の人間はこの格好で狩りとかに出かけていたのかもしれないけど、今は21世紀だ。ついでに言うとこいつは名前――マンフレート・アルノーというその響きまでやたらと古めかしい。
「それ、答えなきゃならない質問?」
「できることなら、答えて貰えると有難いのだけれどね」
 ぴったりとした黒革のロングブーツが、濡れた芝生を踏んでこちらへ近付いてくる。こんな道を歩いてきたのだから当たり前だけど、足首のあたりまで泥跳ねの跡がいくつも付いていた。それでも明日にはまた元通り、顔さえ映りそうなぐらいの汚れ一つない姿に戻っているのだろう。こいつが自分の靴を磨いているところなんて想像もできないが。
「もし君がここに働きにきているとなると、また監察局からお小言を貰ってしまうのだよ。年少者を特別な理由なく時間外労働させている、といってね。我々としてもそれは不本意なことだし――」
「植物園に花を見にきて何か悪いの」
 あたしはできる限り攻撃的な声を作って言った。結局答えてしまったことになるけど、こいつの話を延々聞き続けるよりはずっとマシだ。口角をほんの少し上げただけの薄っぺらい作り笑いといい、他人事感が隠しきれてない上辺だけ柔らかな声といい、基本無料のスマホゲーに出てくる「王子様」を見ているみたいで心底腹が立ってくる。支部のスタッフさんたちも、こいつのことを「マーニお坊ちゃん」とはよく言ったものだ。世間知らずで、貴族さま気取りで、上品ぶっていて、そして生意気だと。

 目の前の相手がこれほど不快感を露わにしているのに、人間じゃない生き物しか気にかけたことのないそいつは喋るのを止めなかった。同じような色形をした二匹の蝶を見て、毒のあるなしを区別することはできるのに、人間の顔を見て不機嫌かどうか察することはできないのだ。
「なるほど、花を。そう、ちょうどアジサイも盛りの時期に入るころだ……これこそ日本の花だものね」
 人類には全く興味がないらしいお坊ちゃんは、あっさりとあたしを見るのを止め、丸く集まって咲いた花に視線を注いだ。青い目がすっと細くなり、口元が少し緩んで、さっきよりはまだ人間くさい顔になったように思える。といっても、その日焼け一つしていない横顔は作り物みたいになめらかな形で、やっぱり見ているだけで腹が立ってくるのだけれど。
「あたし帰る」
「おや、アジサイはもう良いのかい?」
「あんたと一緒のところに居たくないもん」
 諦めずに不愉快であることを主張しながら、あたしは一歩後ずさる。もう数歩したら踵を返してさっさと逃げ出すつもりだった。こいつにしたって別にあたしを、というより人間全般をいちいち気にかけたりなんてしないような奴だから、引き止められることはないと思っていたのだ。けれど次の瞬間、あたしの耳に予想外の台詞が飛び込んできた。
「ああ、待っておくれ、リコ。解ったよ、君の目的についてはもう詳しく聞きやしないから――あと少しだけ時間をくれないか。これとは別に、前から尋ねたいことがあったのだよ」
 思わず足が止まったし、頭の中でどう翻訳しようかあれこれ考えていた悪口も止まった。何だって? あたしに前から聞きたかったこと? 少なくともあたしに毒はないし、あたしが持つそれ以外の要素のどれも、この悪趣味なお坊ちゃんの気を引くようなものには思えない。
 奴はさらにあたしとの距離を詰め、立ち止まってじっとこちらを見てきた。こういう時、あたしはこいつの目を見るのがいつも以上に嫌になる。瞳に映る光がぞっとするほど煌めいていて、向き合っていると吐き気がしそうになるからだ。そんな目でもってあたしの顔を覗き込み、色の薄い唇をひらいて、奴は「尋ねたいこと」とやらを口に出した。
「――日本ではアジサイの葉を食べる、というのは本当なのかい?」

 答えが知りたくて知りたくてたまらないのを、一応体面を気にして抑えている、というような低いささやき声だった。あたしは一瞬、自分のドイツ語能力が足りないせいで質問を取り違えたのかと思い、とりあえず「は?」とだけ言い返した。日本ではアジサイの葉を食べるらしいが本当なのか。――本当なのかと聞かれても、そもそもあたし自身そんな話は聞いたことがない。あるのはせいぜい「紫陽花」という名前の和菓子ぐらいだ。
「ちょっと、それって何の話……」
「私は、もちろん君も、アジサイには有毒成分が含まれていることを知っている。君以外の日本の人々だって知らないわけがないだろう。にも関わらず、彼らは料理の皿にアジサイの葉を盛るし、食べるのだと聞いたよ?」
 好奇心を煮詰めたような声で奴は言い、さらに付け加えた。 「そして中毒するのだと」
「……それは本気で言ってんの? それともあたしをからかってるか、日本人を馬鹿にしてる?」
「冗談ではないよ。私がドイツ人だからといって、君たち日本人を蔑むつもりはないとも。ただ純粋に真偽を確かめたいだけ――反応から察するに、君は食べたことがないのだろうけれどね、リコ」
「あるわけないじゃん、そんなの」
 あたしは強く否定した。日本人を何か、食べられるものならなんでも食べるし美味しいものを食べるためなら死んでもいい、みたいな生き物だと思われては困る。いや、そういう人も中にはいるだろうけど、あたしは違う。第一、アジサイの葉がその他の山菜や野菜のたぐいより美味しいとはとても思えない。
「大体、いくら日本だって毒は食べないし。たとえばあんたは何か、日本人はフグ食べるじゃないかみたいなことを言いたいのかもしんないけど、あれだって毒のある内臓はみんな取り除いてから鍋とかにするんだよ」
「ふうん? でも日本のいち地方では――確か北のほうだったと記憶しているけれど、フグの卵巣を塩漬けにして食べるそうじゃあないか。そうすることによって毒が抜けるのだと」
「……そうなの?」
 ドイツ人の口から繰り出される珍味情報に、あたしは耳を疑った。東京より北にリアルの知り合いがいないので、それが外国人によるトンデモなのか事実なのかは分からない。
「毒が抜けるといえば、ヒガンバナの球根もそうだ。水にさらしたり干したり……とにかく、なんとかしてリコリンを無毒化して食べる方法が日本にはあると読んだのだけれどね」
「それは大昔に飢饉とかなんか、それよりほかに食べるものがないって時の話でしょ? あのさ、いまは21世紀なんであって、そういう時代の食事と今の日本の常識を一緒くたにされちゃ困るんですけど」
 こいつはやっぱりあたしたちと同じ時空に生きていないんじゃないかと思う。自分では1993年生まれの24歳だと言っているけど絶対に嘘だ。1世紀前から、もしくはもっと昔からずっと24歳をやっているに違いない。あたしはついでに思い出したことを続けざまに付け加えた。
「それがアリなら、『ドイツ人はジャガイモとかいう馬のエサを食べるそうだけど本当か』みたいなことをあたしが言ってもいいってことになるじゃん」
 青い目が一瞬丸くなった、気がしたけれど気のせいかもしれない。どちらにしろ、そこを指摘されるとは奴も思わなかっただろう。

 あたしはこの推定1世紀前の24歳にはそぐわない文明の利器――鞄に入っていたスマホ――を取り出し、「アジサイ 食べる」と入力して検索をかけた。案の定、検索結果にずらりと並ぶのは「アジサイは有毒なので食べてはいけない」という情報ばかり。都合のいいことに、日本の厚生労働省が食中毒の事例を公開していた。料理に添えられていたアジサイの葉を食べた人が、吐き気やめまい、嘔吐などの症状を訴えたと。
「だからさ、今調べたけど、アジサイの葉ってのは添え物だったんだって。ちょうど刺身のツマ……って言ってもあんたは解んないか、その、ステーキに添えてあるパセリとかデザートの上に乗ってるミントの葉みたいなもので、食べないのが当たり前なわけ」
「添え物のパセリは食べないのが当たり前、だって?」
 言い返してくる声に、少し小馬鹿にしたようなものが混じった気がする。いや、本人にそのつもりは無いかもしれないし、むしろ自分はいつだって完璧なポーカーフェイスを貫けていると思っているかもしれないが、とにかくあたしはそう感じた。
「ああ、そうか、日本ではそうした考え方が一般的なのだね、……ただ、そうだとしてもパセリやミントは口にして差し支えのないものだろう。間違っても我々は、ステーキやアイスクリームの彩りに有毒植物を使ったりはしない。一体どうしてわざわざ食べられないものを――」
「そんなことあたしに言われても困るんですけど!」
 まるで「日本人はもったいない精神の持ち主じゃなかったのか」みたいな責めを受けている気がして、あたしはいらいらしながら叫んだ。あたしだって小さい頃は、おばあちゃんの「厚意で出されたものは残すな」「食べ終わったお皿の上はきれいにしろ」という教えを忠実に守って暮らしていたし、今だって別に付け合わせのパセリを放って捨てたりはしない(好きこのんで食べたいとも思わないけれど)。そういう質問をするなら飲食店のほうにしてほしい。あたしのおばあちゃんは少なくとも、自分の庭に生えている植物に毒があることぐらい解っていたし、だから刺身のツマやお弁当の仕切りにアジサイの葉を使ったことなんてなかったはずだ。

「しかし、そうだとすると、つまりアジサイの葉を食べる習慣や方法が確立されているというわけではなく、単なる無知が原因の事故に過ぎなかったということだね。ああ、……残念だな」
 溜息をついてからの口ぶりが、あまりにも本心から残念そうだったので、あたしはまた胸の内がむかむかし始めた。この男はたとえば、あたしがお昼ごはんのドネルケバブをうっかり落として台無しにした、という話を聞いたときにも「それは残念だったね」ぐらいのことは言う。が、そのときの声はこれっぽっちも残念そうではないし、かといって人の不幸を愉快がるような(ドイツ語でいう「シャーデンフロイデ」だ)素振りもなく、ただどこまでも他人事なのが普通だ。せめて表面上もうちょっと気の毒そうにしてもいいものを、人間に対する同情心ってものがこれっぽっちも無いらしい。
 ところが今の「残念だな」は、まさに我が身の不幸を嘆く声そのもの、心の奥底から湧き出したものに違いないと思えた。アジサイの葉を食べる方法が無かったからといって、一体何がそんなに残念なのか。あたしはフグの卵巣を安全に食べる方法が無くても何一つ困らないが。
 あたしはふと思い立ち、スマホで今度は「フグ 卵巣 塩漬け」と入力して検索した。wikipediaによれば、石川県に実在するらしかった。衝撃だ。

「あの、もういい? 質問は解決したでしょ?」
「おっと、これは失敬。引き止めてしまったね。アジサイを長く楽しまないのは勿体無いとも思うけれど」
「それについてはあんたがここから居なくなってくれさえすりゃ、万事解決するんだけどね」
 思っているままを率直に言ってやったものの、奴はとうにいつもの澄まし顔に戻って、そこから眉一つ動かしはしなかった。
「そうは行かないよ、私にはここでやることがあるからね……いくらか剪定が必要なのだよ。それに挿し木のための丈夫な枝も探さなければ」
 今度こそ奴はあたしに対する興味を失ったらしい。幸いだ。元いた場所まで戻ってゆく、スコップと不釣り合いな上着の背中を睨みつけ、そしてあたしは気付いた。

 池のほとりに群れているアジサイの、うち一株だけ花の色が違う。周りは水色や青なのに、そこだけは濃い赤紫色だ――ちょうどあいつがいた位置だ。どうしてだろう? 品種が違うから? たった一本だけ品種を変える理由なんてあるだろうか。あたしだったら完全に統一するか、もっとたくさん取り揃えて、色とりどりにすると思うけど。
「……ねえ、それ、なんでそこだけ違う色なの?」
 あたしは断じてこのマンフレート・アルノーという男と会話したいわけではないけれど、理由だけはどうしても気になったので、いろいろな考えを天秤にかけたすえ、口に出して聞くことにした。こいつにだけは聞いちゃいけない内容だ、という自覚は多少あった。
「おや、それを尋ねられるとは思わなかったな。この花のことだろう?」
 肘まである革手袋を嵌めた手が、重なり合った葉と花弁の間に伸びる。片手でひとつの塊を抱き上げるように。
「何故というと……そうだね、アジサイの色が何によって変化するのかは知っているかい、リコ?」
「土がアルカリ性か酸性か、でしょ」
 理科の授業で習ったことを、あたしは手短に答える。 「どっちかが青で……どっちかが赤になる」
「その通り。品種にもよるけれど、大抵は酸性の土で青色、アルカリ性の土で赤色に発色するのさ。つまりあの場所は、土壌が局地的にアルカリ性になっているというわけだ」
「じゃあ、どうしてあの場所だけ……」
 そもそも土がアルカリ性になる原因に、あたしは全く心当たりがない。酸性だったらまだ酸性雨だとかを思いつくけれど――そういえばドイツ南部では、黒い森(シュヴァルツヴァルト)が酸性雨の影響でどんどん枯れていると習ったことがある――アルカリ性といったら何だろう? あの株にだけ水やりにアルカリイオン水を使ってるとか? でも、アルカリイオン水って確か科学的根拠は無いんじゃなかったっけ。
「原因は様々に考えられる。この世にアルカリ性のものは色々あるからね、君も化学の授業で実験をしたことがあるかもしれないが。ただ、我々にとって最も身近なアルカリは――」
 奴が手のひらを上に向け、指先であたしを手招く。何か見れば解るものでもそこにあるんだろうか。あたしは少しの間ためらい、それでも最後には芝生へと踏み込み、アジサイの茂みの傍へと歩いていった。あたしが十分近付いたとき、革手袋の指先がさっと動いて形を変えた。ただの手招きから、人差し指を伸ばして何かを示すように。
 指はあたしの胸に向けられていた。あたしの心臓のある場所に。
「血だよ、リコ」 作り物じみた唇が薄く笑った。 「健康な人間の血はふつう、ほとんど中性に近いアルカリ性だ」

 いくら奴が(一応は)魔術師だからって、今その指先からはどんな力も発生していないはずだった。なのに、瞬間あたしの身体の奥がどくんと波打ち、背筋がひんやりと冷たくなった――血。人間の血はアルカリ性。お肌は弱酸性なのに内側はアルカリ性なのか? 人体って訳がわからない。いや、それよりも。
 あたしの頭に、昔聞いたいくつかの怪談話が浮かび上がってきた。庭でひときわみごとに咲いたバラの下には、実はペットの死骸が埋まっているだとか、そういうやつだ。それから確か、これはいとこのお姉ちゃんが読んでいた本だったと思うけれど――しばらく脳にこびりついて離れなかった書き出し。「桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ」……
「あの、その……それ、本気で言ってるの」
 さっきも言ったような台詞があたしの口をつく。今度はちっとも力が入らなかったけれど。そういえばこいつを最初見たとき、スコップを持ってた――今も持ってる。スコップってのは土を掘り返したり、そこに何かを埋めたりするために使うものじゃないだろうか。当たり前だけど、当たり前のことがやけに心をざわつかせる。
「本気も何も、私はただ事実を口にしているだけだからね。人間の血液は、」
「いや、いい、もういい。それでその、スコップ」
「これが一体どうかしたのかい? これは――」
 なにを埋めたの? あたしがそんな質問を絞り出しかねている間に、奴の手首がスナップを効かせてその道具を一振りした。空気を切る音はほとんどしなかった。表面を覆う湿った土が振り落とされて、金属の鈍い輝きが見えた。
「――さっきツツジに肥料をやるときに使ったのだけれど」
「アジサイには?」
「アジサイの施肥はもう済んだよ。君がここに来る前、2月の終わりにね」
 2月の終わりには、植物園の土はきっと冷えて固くなっていたことだろう。その根本を掘り返すには、スコップを十分に研ぎ上げる必要があっただろう。真冬のドイツの朝早く、まだ日が昇ってもいない真っ暗闇の植物園で、すっかり葉を落としてしまったアジサイの根本に、その刃が突き立てられるところをあたしは想像した。霜が降りて凍りついた地面さえ削り取ることができるなら、もっと柔らかいものはずっと簡単に――とも。
「持って回った言い方はよそうか、リコ。君はどうやら、私のこの物言いが大変気に入らないようだから……もっと直截に」
 あたしが想像を逞しくしている間に、張本人は何故か勝手に納得したような頷きを繰り返し、薄気味悪いぐらい整った顔でこちらを見た。
「色が変わったのは、君が感づいたとおり肥料のためだ。私はあの部分にだけ、他の株とは違うものを与えたのだよ」
「その肥料って――」
 途端にあたしは、いま奴の十分手の届く位置にいるということが、とてつもなく不安になった。留学前、東京支部の人や中学校の先生からあれこれ渡された、「海外での過ごし方の心得」みたいなパンフレットを思い出す。こんな感覚にとらわれたときには、迷わず逃げるのが正解だと。目の前にいる相手がどんなにいい人に見えても――いや、そもそもあたしの目からはこいつがいい人にはとても見えないんだけど――自分の勘を信じて安全を確保すべきだと。
 あたしは右足をそっと後ろへ動かした。前進するときには何の問題もないのに、後ずさろうとするのはどうしてこんなに難しいのだろう。濡れた下草を踏みつけたレインブーツは、あたしの体重の掛け方が悪かったのか、ずるりと横滑りした。転びはしなかったけれど、それ以上後退することはできなかった。そんな姿を前にして、奴は平然と微笑み、青い目を細め、小首を傾げると、いたって落ち着いた声で続けた。
「知りたいのかい? ……園芸店で買った、アジサイ用の化学肥料なのだけれど」

 自分自身のドイツ語能力について、もう一度考え直すときが来たのかもしれなかった。ドイツ語検定でB1クラスを取ったあたしの耳には、「園芸店で買ったアジサイ用の化学肥料」と聞こえたけれど、確かなんだろうか?
「私はあくまで好事家であって、園芸家ではないからそこまで造詣は深くないけれどね、――アジサイの肥料というのは、今ではちゃんと赤花用と青花用に分かれているのだね。使い分けることによって、ある程度は花の色をコントロールすることができるわけだ。面白そうだと思ったから、春先の施肥で試してみたのだよ。その成果がこれさ」
 あたしはなんとかして深く息を吸い、次に言うべき台詞を考えた。真っ先に頭に浮かんだのは「ふざけんなよ」だ。ただ、これはさすがに情報量が少ない気がしたので、もう少し内容をふくらませることにした。
「あんた、――いくらなんでも、言っていい冗談と悪い冗談があってねッ、一体何だったのさっきから血はアルカリ性だのなんだの言ってたのは」
「だから、それは事実を述べただけだよ。アジサイの色を変化させるのはphの違いで、アントシアニンを赤色に反応させるのはアルカリ性だ。そして人間の血液は弱アルカリ性だ。ごくごく弱いけれどね」
「だとしてもあの流れで――」
「リコ、血液だとか体液はとても繊細なものなのだよ。『中性にごく近いアルカリ性』であるということは、身体の中で厳密に調整されている。もしアジサイの花を赤くできるほど、血がアルカリ性の人間がいたとして、その人物はとんでもない重病人だ」
「あんたって奴は、」 あたしは声を絞り出した。 「あんたって奴は!」
「どうしたのだい、そうも怖い顔をして。私は科学的事実に関して嘘をついてはいないよ。そこまで疑うのなら、確かめてみても――」
「いらない!」
 この上さらに奴はスコップを差し出してきた。何をどう考えたら「死体が埋まっているかどうか確認してみたら」という話になるのか。あたしには理解できないし、理解したいとも思わない。
「さっきから言っているじゃあないか。私は花の剪定に来たのだよ。アジサイの根本に良からぬものを埋めるためではない。確かに私は詩的なものの考え方をする人間かしれないけれどね、適切に調合された園芸用の肥料より、ごく原始的な……もののほうが有用だとは言わないさ」
 平然と奴は言い、庭仕事の道具を握る手を離した。金属の刃は地面に落ちず、そのまま空中でぴたりと静止した。それが「浮遊」の魔法によるものだということぐらいは、あたしにも解った。

 奴が代わりに取り出したのは、これも園芸用の大きなハサミだった。柄に指を通すと、奴は赤紫色をしたアジサイに手をのべて、房のひとつをぱちんと切り取った。
「ほら、どうだろう、リコ。身体に毒は持っているけれど、アジサイはとても美しく強い植物だ。――君にはよく似合うと私は思うよ」
 あたしの目の前に、丸く花開いたそれが掲げられた。さらに理解し難い言葉と一緒に。
「……それ、どういう意味? 何のつもり?」
「どういう意味、とは?」
「だって、あたし、言われたことないもん、アジサイが似合うなんて」
 こいつが一体何を言いたいのか、見当もつかなかったのであたしは疑った。これ以上余計な意図を働かせてはほしくなかった。
「そうかい? 君は夏生まれだそうだし、色合いの華やかで繊細なところも、雨の日にとりわけ映えるところも、よく似ていると思うのだけれどね。それと、……そう、花言葉の本を読んだことは?」
「花言葉?」
 背筋の寒くなるようなお世辞(断言できるけれど、こいつが人間のことを「色合いが華やかで繊細」なんて思っているはずがない)に続いて、あたしの耳に飛び込んできたのは妙な単語だった。花言葉。――赤いバラが「愛情」だとか、白いユリが「純粋」だとかいうやつだ。
 あたしは押し黙り、また文明の利器に頼った。「アジサイ 花言葉」。検索。

  "アジサイ ……「移り気」「あなたは冷たい」"

「ああそう」 無意識に舌打ちをしていた。 「そういうこと」
「君は調べ物が上手なのだね、辞書をひくよりずっと――」
 奴の言葉をあたしは待たなかった。差し出されたアジサイの枝をひったくり、ぐっと握りしめると、そのまま奴の胸先めがけて突き返してやったのだ。
「あたしはあんたにこそ、アジサイがお似合いだと思うけど!」
「本当に?」
 ヒビの入ったガラス玉みたいな青い目が、ぱちりと一度だけ瞬いた。
「それは嬉しいな、私も一度きり言われたことがなかったからね、アジサイが似合うとは」
「どういたしまして!」
 ぴったりした黒革に覆われた手が、枝を握り返したのを確認してから(だって植物そのものに罪はない)、あたしは今度こそ踵を返して池を後にした。アジサイ見物はまた今度だ。気付けば優しい木漏れ日はすっかり遠くなり、夏の空は陰りはじめている。夕立だと思っていたけれど、もしかして本格的に雨になるのかもしれない。

 木漏れ日、梅雨、――日本語にはドイツ語に翻訳しづらい言葉がたくさんある。と同時に逆もある。濡れた石畳をたどりながら、あたしは人形じみた奴の薄笑いを思い返し、ひとつ言葉についての記憶を引き出した。ドイツ語にはちょうどこんな時にぴったりの言葉が存在する。ずばり「Backpfeifengesicht」といって、意味は――無理に日本語訳すると、「今すぐに平手打ちを食らわせてやらなければならないと思えるような顔」だ。

  * * *

 花の色は夏というより初春の夕焼けのようだ。地平線のほど近くに浮き立つような、鮮やかな赤紫。青年は手のうちにある美を確かめるように見、指の腹でそっと萼のひとつを撫でた。水滴が弾んで零れ落ちた。
 それにしても、――今のは度を越した悪戯のうちに入るのだろうか?
 青年、マンフレート・アルノーは人間として不自然なまでに寛大な、あるいは何事にも無関心なだけの男だった。彼は己の祖国たるドイツの食文化、とりわけジャガイモを食用植物として根付かせた文化革新を、馬のエサが云々と揶揄されたところで動じもしなかった。動じる理由がなかった。が、その揶揄が彼の琴線に触れたか否かと、発言者に対して何らかの意趣返しを行うかどうかは別の問題である。彼は行動するほうを選んだ。侮辱の有無とは関係なく、彼は生来人をからかうのが好きなのだった。

 それにしても、と青年はまた思う。突き返されたアジサイの花を前にして。
 「元気な女性」という花言葉は、そんなに彼女のお気に召さなかっただろうか? いい機会だからと読んだ日本の花言葉辞典には、確かにそう書かれていたのだが。
 しかし、彼女は確かに日本人だが、母方の祖父はドイツ人である。彼女が日本のものよりも、ドイツの、あるいはその他ヨーロッパの花言葉のほうにより親しんでいてもおかしくはない。たとえばフランスでは、アジサイの花言葉は「あなたは美しいが冷たい」だ。――案外そちらのほうを指して言ったのかもしれないな、と青年は思った。実際、自分自身が「美しいが冷たい」存在だということについて、彼は何の異論も持たなかった。

 宙に浮いたままのスコップを回収し、花切り鋏と共に腰のベルトへ挟み込んで、彼はアジサイの茂みを後にする。今日、彼がここに来たのは確かに剪定のためだ。さらに言うなら、剪定した花を有効活用するためだ。
 普段から結婚披露宴の出席者じみた格好をしているこの青年は、実のところ今日に限って、本当に結婚披露宴へ出席する予定があったのだった。新婦は世界魔術師協会ライプツィヒ支部に所属する魔女であり、大変な嫌われ者だった――マンフレート・アルノーの次に嫌われていると言っても過言ではなかった。彼女は常日頃から己の才能をひけらかし、財産を誇示し、婚約が決まってからは相手の美貌について高慢に言いふらしていた。そんな魔女の結婚式へ、支部を代表して誰を生贄に捧げるか。人事部をはじめとする職員たちは話し合い、そして然程の時間を要さず、危険動植物管理課の「マーニお坊ちゃん」に白羽の矢を立てたのである。
 彼らは確かにマンフレートを嫌ってはいたが、同時にこの青年が類まれな、人間離れした、それこそ精巧に作られた妖精の標本かのごとき容姿の持ち主であることについては認めていた。つまり、この美しいが忌まわしい男を宴席に放り込めば、土曜の午後の厄介払いが済むだけでなく、いけ好かない新郎新婦の上っ面の輝きなど消し飛ばしてしまうことができるだろう、と考えたのだ。

 同僚たちの目論見について、その本人はどれだけ知っていたかというと、――確かにある程度感づいていたが、何しろ彼は何事にも無関心な男だったので、人間の同僚が何を考えていようと、まるで別世界の出来事のように感じていた。彼は自分が何を好きかということについては重要視していたし、その好きなもの――人間にたいして有害な生物――にならどれに殺されたっていいとさえ思っていたが、自分が何に好かれているかということなど気にもかけなかった。
 ただ、同じ部署だからという理由で添え物のように同行させられる、上司であり親友である魔術師のことについては気の毒に思っていた。その年嵩の友、ブラザー・ライムント・オーベルシュトルツは、ごくごく地味なスーツとネクタイを着用して、夕方からの祝宴に備えていた。列席者は宴の主役より目立ってはならない、という礼儀作法を頑なに遵守するために。
 だから青年は決めたのだ。彼のためにせめて、鮮やかな花のコサージュをこしらえてやろうと。いわゆる「中年」という年代の友に、立場と年齢のこともあるし、無理に着飾れなどと言うつもりはない。が、わざわざ目立たないよう装う必要もまたないだろうと彼は思っていた。それで午後からは植物園に繰り出し、ダリアだのアジサイだのを見回っては、どれも些か趣に欠ける、彼にはいまひとつ似合わない、等と頭を悩ませていたのである。

 アジサイの花枝を抱えたまま、彼は濡れた芝生を歩く。その足がふと止まり、青い目が視線を下へと向けた。
 たっぷりと水を含んだ花壇の中、純白のカラーの花が真っ直ぐに立ち上がっている。なめらかな筒状の花弁の中で、黄色の花芯が――これが本来の花であり、花弁に見えるところは葉が変化したものなのだ――ちょこんと顔を出す。清らかで凛とした、麗しい花だ。
 これだ、と青年は首肯して、膝を曲げその場にかがみ込んだ。ベルトから鋏を抜き出して、花のすぐ下をぱちんと切り取る。「保護」や「固定」の呪文をいくつか唱え、しばらく新鮮なままの姿を保てるようにしたら、後は飾られるべき人の胸へと飾るだけだ。
 どこか非人間的だった彼の横顔は、いまや現代ドイツの若者として不自然なところの何一つない、幸福そうな笑みに満ちていた。言っては悪いが、友のスーツ選びは地味だ。が、あの襟元に白い花がひとつ乗るだけで、どれほど彼の紳士的さが際立つことだろう。新郎を食いはしないだろうが、列席する老婦人たちに一目置かれるには十分に違いない。
 それに何より――カラーの花にはたっぷりのシュウ酸カルシウムが含まれている。ほんのすこし齧っただけでも、たちまち舌や喉が焼け付くように痛み始めるだろう。彼がもし万が一、新郎新婦や列席者――マンフレート・アルノーという男を含む――を暗殺したくなったとしても、きっと役に立ってくれるはずだ……

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